大正・昭和・平成・令和をつなぐ家づくり
平成以降の住宅建築では、プレカット材が主流となり、四面モルダー仕上げによって均一な柱や梁が工場で大量に生産されるようになりました。105角や120角の柱が容易に手に入り、狂いの少ない集成材も広く普及しています。効率性と安定性を備えた令和の建築は、平成の技術革新を基盤として発展してきました。
一方で、昭和時代の大工仕事は今とは大きく異なります。120角の柱を使うには、まず135ミリほどの粗挽き材がバンドソーで挽かれて大工のもとに届き、それを電気鉋で四方削りしながら丁寧に仕上げていました。柱材にはヒノキが多用され、地域ごとに大工が腕を競い合っていたのです。昭和の終わり頃、神奈川県央の農家の家づくりはまさに「技の舞台」であり、今振り返ると「この仕事を今やったら一体いくらになるのだろう」と思うほどの手間と情熱が注ぎ込まれていました。厚木・愛川・津久井といった山の近い地域には、腕利きの大工が数多くいたと伝えられています。
さらに時代を遡ると、大正時代にはまだ電動工具が普及しておらず、動力の丸鋸はあったものの、多くは前挽大鋸(まえびきおが)で木をまっすぐに切り落とし、斧やチョウナで製材をしていました。当時建てられた古民家では杉の柱が多く使われ、黒ずんだ構造材や建具から百年を超える歴史の重みを感じ取ることができます。
今回の改修では、大正の製材技術、昭和の製材技術、そして令和のプレカット技術——それぞれの時代の仕事が一つの建築に重なり合っています。時代を超えて受け継がれる「木の文化」を体感できる貴重な機会となるでしょう。
FUKURODA工舎の棟梁・袋田は、父も工務店を営み、さらに父方・母方ともに大工の家系に生まれました。三世代続く農家の家を、四世代続く大工がよみがえらせる——その背景そのものが、この建築の物語を象徴しています。見学会当日には、三世代にわたり受け継がれた大工道具も展示し、手仕事の歴史を直にご覧いただけます。
「厚木農家の家」には数々の見どころがあります。武家屋敷の意匠を取り入れた軒天は昭和大工の粋を尽くした仕事であり、銅板葺きの屋根は堂々とした存在感を放ちます。大正時代の古民家の名残、昭和の職人技、そして令和の技術が一体となったこの住まいは、単なる改修にとどまらず、世代を超えて受け継がれてきた日本の建築文化を示す貴重な一例です。
当日は構造の結設計一級建築士事務所の森田さんと
意匠のレ点設計の小林さんと古い建築をどうやって残していくかを
構造、意匠、施工の視点で話をさせていただく形です。
古い建築をできるだけ残していきたいです。
古民家を買ってDIYで直したい
中古住宅を買いたいけど心配
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軒が美しい
二階
一階
昭和初期の大工道具





